被相続人が相続人本人に対して有していた貸付金について、
相続開始前に時効期間が経過し、相続開始後に援用がされた場合の課税関係を整理したものです。
一般論としての論点整理であり、個別の事案への当てはめは事実関係の確認を前提とします。
被相続人が、相続人の一人に対して金銭を貸し付けていた。
金銭消費貸借契約書はなく、貸付けから相続開始までの十数年間、返済も請求も催告もされていない。
相続開始の時点では、既に消滅時効の期間が経過していたと考えられる。
時効の援用は相続開始後に、弁護士を通じて相続人全員へ通知する形で行われた。
税務調査において、調査官は次の二つを同時に主張している。
納税者側は、財産計上したうえで、その貸付金を配偶者が相続することを希望している。
時効期間が経過しただけでは債権は消滅せず、
援用によって初めて確定的に消滅すると解されています。
課税の場面では時効の遡及効は考慮されないというのが、
複数の公表事例の立場です。
主張すること自体のリスクは低く、重加算税の対象にはなりません。
ただし援用するかしないかを身内で決められる関係が弱点になります。
評価減を狙うなら、時効ではなく
債務者の資力を軸に立証するほうが公表裁決に乗ります。
債務の消滅時効の援用によって債務を免れた個人に、
一時所得を課税した公表裁判例・公表裁決は見当たりません。
土地の時効取得の取扱いは、
債務が消えた場合には及びません。
貸付金債権は相続開始と同時に法定相続分で分割され、
債務者である相続人の分はその時点で混同により消滅します。
これが一時所得への最も強い反論になり、
同時に遺産分割の組み方も左右します。
貸付金を相続財産に計上すること自体は受け入れ、
援用は相続開始後であり債務者に一時所得は生じないという点に反論を集中させる。
評価額は、時効ではなく債務者の資力を軸に立証を試み、
折り合わなければ正味財産の価額を限度とする一部減額を探る、という順序が現実的です。
債権は、権利を行使することができることを知った時から5年間、
または権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅します(民法166条1項)。
もっともこれは改正後の規定です。
債権法改正(平成29年法律第44号)は令和2年4月1日施行で、
施行日前に生じた債権の消滅時効の期間については従前の例によるとされていますので(同法附則10条4項)、
十数年前の個人間の貸付けであれば、改正前民法167条1項の10年が適用されます。
個人間の貸借ですので、改正前商法522条の5年は適用されません。
時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができません(民法145条)。
そして最高裁は、時効による債権消滅の効果は時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、
時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずる、としています。いわゆる停止条件説です。
最高裁昭和61年3月17日判決・民集40巻2号420頁
権利の承認があったときは、時効はその時から新たに進行を始めます(民法152条1項、改正前民法147条3号)。
一部弁済、利息の支払、支払猶予の申入れ、残高確認書への署名などが承認にあたります。
催告があっても、時効の完成が6か月猶予されるにとどまります(民法150条1項)。
| 事実 | 有利に働く面 | 不利に働く面 |
|---|---|---|
| 契約書がない | 貸付けの成立自体を争う余地が残る | 返還時期が特定できず、消滅時効の起算点を立証できない |
| 長期間、返済も請求もない | 回収可能性が現実に乏しかったことの一資料になる | 請求できなかったのではなく、親族間で請求する必要がなかったからだと評価されやすい |
返還期限が不明であることを理由に、そもそも消滅時効期間が経過しているとは認めるに足りないとした裁決があります。
返済期限の定めがない場合、貸主は相当の期間を定めて返還の催告をすることができるとされており(民法591条1項)、
起算点は貸付時から相当期間を経過した時と解されています。
最後の取引から10年、最後の請求から10年ではない点に注意が必要です。
債務者が個人であれば、法人のように毎期の決算書で債務が承認され続けるという事態は起きにくくなります。
これは納税者にとって有利な事情です。
相続開始前に承認と評価される行為がなかったかを確認します。
時効が完成した後に債務者が債務を承認した場合、時効完成の事実を知っていたと推定することはできないものの、
債権者において債務者はもはや時効を援用しないとの期待を抱くのが当然であるから、
信義則上、その債務者は時効を援用することができないとされています。
最高裁昭和41年4月20日大法廷判決・民集20巻4号702頁
相続開始後に債務者側で承認と評価されうる行為がなかったかも、あわせて確認しておく必要があります。
理論としては、次の組み立てが可能です。
相続税の課税物件は相続または遺贈により取得した財産であり(相続税法2条1項)、
相続や取得は借用概念として私法上の意義に従って解すべきである。
援用があった以上、民法144条により効果は起算日に遡るのだから、そもそも承継していなかったことになる、という構成です。
正面から遡及効を貫く主張は、そのままでは通らない可能性が高いと考えています。
税務大学校論叢41号も、相続開始前の時効完成は援用権の成立として捉えられるから
相続財産は援用権の付着した財産となるとしつつ、相続財産そのものの存否には影響しない、と明記しています。
相続開始前に時効が完成し相続開始後に援用がされたという事実関係を扱った公表事例として、
平成14年4月10日裁決(裁決事例集No.63・495頁)があります。
審判所は、遡及効の当否には踏み込まず、そもそも時効が完成していなかったという事実認定でこれを退けました。
債務者である会社が毎期継続して勘定科目内訳明細書に債権を明記していたこと、
被相続人が代表社員として決算書類の作成に関与し内容を承知し得る地位にあったことなどから、
債務の承認があったと認定しています。
調停条項についても、当事者は自由意思により真実の権利関係とは異なる権利関係を定めることができるとして、
これをもって相続開始時に債権が存在しないと認めることはできないとしています。
債務者が個人である場合は、この裁決の決め手となった「毎期の決算書による承認」という事情がありません。
その意味で、射程は直接には及びません。
この論点は、債務者が第三者や法人である場合には出てきません。
債務者が相続人本人であるときに固有の問題です。
相続人数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、
その債権は法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解するを相当とする。
預貯金債権については、最高裁大法廷平成28年12月19日決定(民集70巻8号2121頁)により
遺産分割の対象とされる扱いに変わりましたが、貸付金債権は当然分割のままです。
債権と債務が同一人に帰属したときは、その債権は消滅します(民法520条)。
共同相続人がいる場合に、金銭債権等の可分債権があるときは、当然分割され相続分に応じて債権を承継し、
共同相続人の1人が被相続人に債務を負担しているときには、その債務と承継する債権とが混同により消滅するのではあるが、
その前提として、金銭債権等の可分債権が相続開始時に分割承継されるとしても相続財産として存在していたことは明らかであり、
混同により承継した債権が消滅するということと、金銭債権等の可分債権も相続財産として存在していたこととは別個であるといえる。
したがって、客観的交換価値が零になるということはない。
また、混同による金銭債権等の可分債権が消滅したとしても、
その反面債務減少利益自体が相続により取得した財産に該当するとみることもできるのであるから、
客観的交換価値が零になるということはない。
混同による債務減少利益の価額は、混同により消滅した当該部分に係る債務の返済されるべき金額であるから、
それを、相続により取得した財産を当該金銭債権とみるにせよ、その代替物である債務減少利益とみるにせよ、
相続財産としてその価額は存在していたのであるから、担税力の増加があるとして扱うべきであり、課税対象になる。
この事案では、混同で債権が消滅する以上、被相続人から債務者である相続人へ贈与があったと認めるべきだ、
という主張がされましたが、贈与や免除の意思があったとは認められないとして排斥されています。
混同による債務減少利益は、贈与ではなく相続により取得した財産である、というのが判決の立場です。
この整理は、一時所得の議論を否定する材料になります。
なお、この判決は末尾で、弁済能力がないことについての証拠がないから債権額を基礎とすることにする、と述べています。
反対に読めば、資力の立証があれば評価減の余地は残されている、ということになります。
債務者である相続人の法定相続分相当部分は、相続開始と同時に混同で既に消滅しています。
遺産分割の遡及効(民法909条)は、遺産分割により相続開始時にさかのぼって権利を取得したものとする効果ですが、
いったん消滅した債権を復活させる効力まではないと解するのが素直です。
この点を正面から判断した判例・裁決は見当たりませんでした。
重加算税の賦課要件は、隠蔽または仮装です(国税通則法68条)。
最高裁は、当初から過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をしたうえで
過少申告をした場合をいうとしています(最高裁平成7年4月28日判決・民集49巻4号1193頁)。
財産を計上したうえで評価額を争うのは、事実の隠蔽ではなく評価という法解釈上の主張です。
したがって重加算税の射程には通常入りません。
危険なのは、貸付金の存在自体を申告書に載せないことです。
資料を隠す、虚偽の答弁をするといった行動が伴えば、重加算税の領域に入ります。
計上したうえで評価を争うという方針自体は、リスク管理の面では相対的に安全な選択です。
残るリスクは、主張が認められなかった場合の過少申告加算税(国税通則法65条)と延滞税です。
正当な理由(同条4項1号)は、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、
加算税を賦課することが不当または酷になる場合をいうとされています(最高裁平成18年4月20日判決・民集60巻4号1611頁)。
貸付金の評価をめぐる事案では、この正当な理由はほぼ認められていません。
東京地裁令和5年8月31日判決は、回収不能等の要件を満たすとする納税者の解釈について、
課税庁の公的見解が存在したとはうかがわれず、独自のものといわざるを得ないとして正当な理由を否定しています。
評価額を零円と認めた裁決においても、過少申告加算税については正当な理由があるとは認められていません。
貸付金債権等の元本の価額は、返済されるべき金額によって評価します(財産評価基本通達204)。
その債権金額の全部または一部が、課税時期において一定の事由に該当するとき、
その他その回収が不可能または著しく困難であると見込まれるときは、それらの金額を元本の価額に算入しません(同205)。
205が列挙する事由は、手形交換所の取引停止処分、会社更生、民事再生、特別清算、破産、
事業の廃止または6か月以上の休業であり、いずれも法人や事業者を想定したものです。
債務者が個人である場合は、その他その回収が不可能または著しく困難であると見込まれるとき、の一本で勝負することになります。
裁判所は、これが列挙事由と並列的に規定されていることから、
列挙事由と同程度に、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白であり、
そのため債権の回収の見込みがないか著しく困難であると確実に認められるときをいう、と解しています
(東京地裁平成30年3月27日判決、東京地裁令和5年8月31日判決)。
「同視できる程度」とは、債務者が個人である場合には、債務者の債務超過の状態が著しく、
その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務を弁済するための資金を調達することができないだけでなく、
近い将来においても調達することができる見込みがない場合をいうものと解される。
この裁決は、個人である債務者に対する1億円程度の貸付金について、評価額を零円としました。
決め手になった事実は次のとおりです。
時効の話ではなく、客観資料による資力の立証で決着しています。
評価減を狙うのであれば、時効を軸にするより、この道筋を固める方が公表裁決に乗ります。
平成14年11月28日裁決(裁決事例集No.64・469頁)は、個人債務者への代償債権につき、
返済完了までに55年を要し債務者が公務員として定年まで14年しかないことなどから、
相続開始時における債務者の正味財産の価額を限度とし、これを上回る部分の減額を認めました。
全額でなく一部の減額を認めた事例として、折衝の落としどころになり得ます。
判断の時点は相続開始時であり、相続開始後の事情は考慮されません。
財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によります(相続税法22条)。
そして財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮するとされています
(財産評価基本通達1(3))。
税務大学校論叢41号は、相続開始前の時効完成は援用権の成立として捉えられることから、
相続財産は援用権の付着した財産となり、課税価格の計算上、
援用権の付着という内在的瑕疵が時価の上で考慮されるべきものとなる、と整理しています。
そして極論としては、相続開始の日に援用がされたような場合には
当該財産はゼロ評価になることも想定されてよい、とまで述べています。
執筆者は当時の国税不服審判所部長審判官であり、論文には私見である旨の断り書きがあります。
確立した解釈ではありませんが、課税庁側の研究誌に由来する整理として、
調査の場で示す価値のある材料だと考えています。
平成19年11月1日裁決も、遡及効を否定しながら、結論として評価額を零円としました。
相続開始時において既に時効期間が経過しており、相続人にとっては権利を確保すべき攻撃防御方法がないために、
相手方に時効を援用されればその喪失を甘受せざるを得ない状態であることを、
価額に影響を与える要因として考慮したものです。
この裁決の事案は土地の取得時効であり、消滅時効の事案ではありません。
さらに、援用する相手方が相続人と利害の対立する第三者であり、
訴訟で相続人が敗訴して判決が確定したことにより、客観的に価値がなかったことが証明された構造でした。
債務者も援用権者も相続人である場合、援用するかしないかを相続人の側で自由に決められます。
第三者との紛争で価値のなさが証明されたという構造がありませんので、
この裁決の論理をそのまま転用することは難しくなります。
請求していないから回収できない、ではなく、請求されないから債務者は破綻しない、
という論理で処理されています。
債務者である相続人は、その相続によって財産を取得する立場にあります。
相続開始時の資力を判断するにあたって相続で取得する財産を含めるかについての先例は見当たりませんでしたが、
課税庁が「相続財産を取得するのだから弁済資力がある」と主張してくることは想定しておく必要があります。
債務の消滅時効の援用によって債務を免れた個人債務者に、一時所得を課税した公表裁判例・公表裁決は確認できませんでした。
国税庁の通達・質疑応答事例・タックスアンサーにも、この場合の取扱いは置かれていません。
実務書でも、時効援用時の債務者側の課税上の扱いについて、裁判例はなく学説上の議論も見当たらない、と整理されています。
そのうえで、時効による債権消滅は債権放棄と異なり法律上の制度によって生じるものであるから、
債権者から債務者への利益の移転を観念できるものではない、との見解が示されています。
土地等を時効の援用により取得した場合については、国税庁のタックスアンサーがあります。
その財産の時価が経済的利益となり、時効を援用した日の属する年分の一時所得として課税される、という取扱いです。
根拠として掲げられているのは所得税法22条、34条、36条および所得税基本通達36-15であり、個別の明文規定はありません。
裁判例としては、東京地裁平成4年3月10日判決、静岡地裁平成8年7月18日判決などがあります。
| 土地等の時効取得 | 債務の消滅時効の援用 | |
|---|---|---|
| 性質 | 積極財産の取得 | 消極財産の消滅 |
| 手元に入るもの | 他人の所有権が移転してくる | 何も入らない |
| 収入金額の測定 | 取得した財産の時価で測定できる | 純資産は増えるが、元々返す資力があったのかと切り離せない |
| 納税資金 | 取得した資産が裏付けになりうる | 裏付けがない |
| 公表された取扱い | ある | ない |
所得税基本通達36-15は、経済的な利益に含まれるものとして、
債務の免除を受けた場合のその免除を受けた金額、および自己の債務を他人が負担した場合の
その負担した金額に相当する利益を掲げています。
いずれも他者の行為による利益の移転を前提としており、時効による債務の消滅は掲げられていません。
かつて債務免除益の特例を定めていた所得税基本通達36-17は削除されており、現在は所得税法44条の2に法定化されています。
同条の見出しは「免責許可の決定等により債務免除を受けた場合の経済的利益の総収入金額不算入」であり、
債務の免除を受けたときに限定され、かつ資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合という要件が付されています。
免除については救済規定が置かれ、時効消滅については置かれていないという条文の構造自体が、
時効消滅を課税対象と考える必然性がないことの傍証になります。
個人が個人から債務免除を受けた場合は、所得税ではなく贈与税の問題になります。
対価を支払わないで債務の免除による利益を受けた場合には、その債務の免除をした者から贈与により取得したものとみなされ(相続税法8条)、
相続税法の規定により個人からの贈与により取得したものとみなされるものは所得税が非課税とされているためです(所得税法9条1項17号)。
相続税法8条は、債務の免除、引受けまたは第三者のためにする債務の弁済に限定されています。
免除は債権者の意思表示であり、援用は債務者の行為ですので、時効の援用は免除に当たりません。
相続税法基本通達8-1も、免除を人の行為として扱っています。
相続税法9条は包括規定で、対価を支払わないで利益を受けた場合を対象とし、
相続税法基本通達9-1は、利益を受けたとは、おおむね利益を受けた者の財産の増加または債務の減少があった場合等をいうとしています。
債務の減少は文言上ここに含まれますので、注意が必要です。
ただし9条は、その利益を受けさせた者の存在を要件としています。
時効の援用は、法律の規定と債務者自身の意思表示によって効果が生じるものであり、債権者は何もしていません。
利益を受けさせた者が存在しない以上、9条の適用も否定されるべきだと考えています。
債権者が時効の完成を知りながら意図的に請求を控え、実質的に債権放棄と同視できる事情がある場合は、
9条の包括規定で拾われる余地が残ります。
長期間まったく請求がなかったという事実については、説明を準備しておく必要があります。
9条が適用されて贈与税となる場合には、所得税法9条1項17号により所得税は非課税です。
課税庁はどちらか一方しか選べない構造になっています。
債務者である相続人の法定相続分相当部分は、相続開始と同時に混同で消滅します。
そして東京高裁平成23年11月30日判決は、その部分の債務減少利益自体が相続により取得した財産に該当するとして、
相続税の課税対象になると判示しています。
つまり、この部分は相続税が課される経済的価値です。
最高裁は、所得税法9条1項の非課税規定について、相続税または贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては
所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税・贈与税と所得税との二重課税を排除したものと判示しています
(最高裁平成22年7月6日判決・民集64巻5号1277頁)。
したがって、混同で消滅した部分について相続税を課したうえでさらに一時所得を課すことは、この規定に正面から抵触します。
しかもこの部分は債務者である相続人という同一人格に対する課税ですので、二重課税の主張が最も素直に成り立ちます。
加えて、混同による消滅は時効の援用とは無関係に、相続開始と同時に生じています。
援用による債務消滅の利益を観念する余地がそもそもありません。
最高裁令和8年6月23日判決(第三小法廷)が、相続後に条件が成就して実現した債務免除益について、
納税者勝訴の東京高裁令和6年1月25日判決を破棄し、審理を高裁に差し戻しました。
事案は、被相続人が金融機関に多額の債務を負い、訴訟上の和解で分割金の支払を停止条件として残債務を免除するとの約定があり、
被相続人が分割金の大半を支払って死亡し、相続人が残額を支払って免除を受けた、というものです。
この債務は停止条件付債務であり、確実と認められる債務に当たらないとして相続税の債務控除が認められていませんでした(相続税法14条1項)。
相続後に債務が消滅することによって生ずる経済的価値に相続税が課されるものではないから、
その経済的利益に所得税を課すことは同一の経済的価値に相続税と所得税とを二重に課すものとはいえない、
と判示したと報じられています。
ただしこの判決の射程は、ここで扱っている場面には直接及ばないと考えています。
理由は二つあります。
この判決は2026年6月に言い渡されたばかりです。
資料として使う場合は、判例集等で全文を確認したうえで引用してください。
公表された課税実績がなく、通達が掲げるのは他者の行為による利益の移転に限られます。
明文のないまま課税することは、課税要件が法律で定められていなければならないという
租税法律主義の観点からも問題があります。
個人間であれば所得税ではなく贈与税の領域であり、
かつ時効の援用はその贈与税の規定にも当たりません。
一時所得という区分自体に無理があります。
同一人格・同一の経済的価値に相続税と所得税を重ねることになります。
部分的ではありますが、確実に主張できます。
時効完成時ではなく、援用の意思表示が到達した年分になります。
年分の特定は押さえておきます。
一時所得の金額は、収入金額から、その収入を得るために支出した金額と特別控除額50万円を控除した金額であり
(所得税法34条2項・3項)、総所得金額へは2分の1が算入されます(所得税法22条2項2号)。
債権が相続開始時に有効に存在することを前提に全額計上を求めながら、
同時に債務が消滅したことによる利益に課税すると主張することには、整合しない面があります。
時効の効果は債権の消滅と債務の消滅が表裏一体ですので、片方だけを認めることはできません。
また、相続財産として計上させるのであれば、相続開始後の援用によって債権が遡って消滅した以上、
後発的事由による更正の請求の道が開かれることをセットで認めなければ、整合しません。
実務上いちばん影響が大きいのは、この点です。
遺産分割の組み方によって、一時所得の議論が残るか消えるかが決まります。
| 配偶者など、債務者以外が取得する場合 | 債務者である相続人自身が取得する場合 | |
|---|---|---|
| 債権の帰趨 | 債務者の法定相続分相当部分は既に混同で消滅しており、移せない可能性が高い | 全額が混同で消滅する |
| 相続税 | 移せた範囲では取得者の課税価格に算入される | 課される(東京高裁平成23年11月30日判決) |
| 配偶者の税額軽減 | 配偶者が取得すれば適用できる(相続税法19条の2) | 使えないため、一次相続の税負担はその分重くなる |
| 一時所得の議論 | 残った部分について、課税庁の主張が残る | 構成が成り立たなくなり、議論そのものが消える |
| 回収可能性 | 援用が済んでいる以上、債権者になっても回収はできない | — |
| 二次相続 | 回収できない債権が課税対象として残り、同じ論点が再燃する | 持ち越さないため、同じ論争を繰り返さずに済む |
配偶者の税額軽減の枠に余裕があるかどうか、この貸付金が将来回収される見込みがあるかどうか、
二次相続で見込まれる財産額がどれくらいか、によって結論が変わります。
配偶者が取得する案と、債務者である相続人が取得する案の両方について、
一次相続と二次相続を通した税額を試算して比較してください。
一時所得のリスクを金額で見積もったうえで比較すると、判断しやすくなります。
「ある時払いの催促なし」や「出世払い」の場合に借入金そのものが贈与として取り扱われるという記述の出どころは、
国税庁のタックスアンサーNo.4420(親から金銭を借りた場合)です。
実質的に贈与であるにもかかわらず形式上貸借としている場合や、ある時払いの催促なし、出世払いというような貸借の場合には、
借入金そのものが贈与として取り扱われる、と記載されています。
これに対し、相続税法基本通達9-10(無利子の金銭貸与等)が法的効果を定めているのは利子相当額の利益についてであり、
元本そのものではありません。
つまり元本ごと贈与とする根拠は、法令でも法令解釈通達でもなく、国税庁の解説であるタックスアンサーに限られます。
タックスアンサーの記述は、課税庁が贈与として課税する場面の取扱いを述べたものであって、
納税者が「だから相続財産ではない」と援用する場面を想定したものではありません。
参考になるのが平成30年8月22日裁決です。
被相続人が相続人名義の口座へ入金した資金について、原処分庁が預け金返還請求権があるとして相続財産に加算した事案で、
審判所は化体財産は既に贈与により移転していたと認定し、
預け金返還請求権は存在はおろか発生していたとすらいえない、として処分を取り消しました。
ただし、この裁決で納税者が主張した「幼少の頃から一貫して贈与を受けた」という点は、
これを裏付ける的確な証拠はないとして排斥されており、贈与の認定は審判所が別の時期・別の対象について職権で行ったものです。
納税者の贈与主張がそのまま採用された事例ではありません。
贈与時期の認定を支えたのは、被相続人が毎年作成していた財産の記録に当該債権の記載がなかったこと、
通帳と届出印を受贈者が管理するようになったこと、資金が受贈者の自宅建築に充てられたことなどです。
いつ意思表示があったかではなく、いつ支配が移ったかで時期を特定するというアプローチが参考になります。
贈与税の更正・決定の期間制限は、国税通則法70条の5年ではなく、相続税法37条1項により6年です。
偽りその他不正の行為により税額を免れた場合は、同条4項により7年になります。
条番号に注意が必要で、令和5年法律第3号による改正前は36条であり、令和5年4月1日から37条へ繰り下げられています。
起算点は贈与を受けた日ではなく、贈与税の申告書の提出期限、つまり贈与年の翌年3月15日です。
したがって実質的には、贈与の日からおよそ7年3か月が経過して初めて除斥期間が満了します。
生前贈与加算(相続税法19条)は、令和5年度改正により3年から7年へ延長されましたが、
令和6年1月1日以後の贈与から適用され、経過措置により次のようになります。
| 相続開始の時期 | 加算対象期間 |
|---|---|
| 令和8年12月31日まで | 相続開始前3年以内 |
| 令和9年1月1日から令和12年12月31日まで | 令和6年1月1日から死亡の日まで |
| 令和13年1月1日以後 | 相続開始前7年以内 |
十数年前の贈与であれば、どの区分に立っても加算対象期間の外になります。
贈与税の除斥期間が経過していれば相続税でも一切拾われない、というのは誤りです。
加算対象期間内であれば、除斥期間が経過した贈与でも課税価格には加算され、
贈与税額控除だけが受けられません(相続税法基本通達19-6)。
また、相続時精算課税を選択していた場合は、期間制限なく相続税の課税価格に加算されますので、
贈与構成には意味がありません。選択届出書の提出の有無を先に確認してください。
主位的に時効、予備的に贈与という順序になります。
時効の主張は課税庁が主張する事実関係をいったん受け入れたうえで法的評価を争う構成であるのに対し、
贈与の主張は別個の事実を積極的に主張するもので、立証責任を事実上こちら側が引き受けることになるためです。
なお、調査の現場で「主位的には」「予備的には」と述べても、一貫性のない説明と受け取られます。
主位・予備の構成が機能するのは、審査請求や訴訟の書面です。
援用ができるのは債務者側です(民法145条)。
同条は当事者について、消滅時効にあっては保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む、
と定めており、債権者やその相続人は含まれません。
相手方は債権者、つまり相続人です。
貸付金債権は相続開始と同時に当然に分割されますので、援用の効果は援用した者と相手方との間でのみ生じます。
相続人が複数いる場合、援用の意思表示は各相続人に対して個別に到達させる必要があります。
一部の相続人にしか通知していないと、通知していない相続人の持分部分については時効消滅を主張できません。
債務者自身の相続分に対応する部分は混同で消滅していますので、援用の対象ではありません。
混同部分と援用部分は分けて整理してください。
意思表示は相手方に到達した時から効力を生じます(民法97条1項)。
作成日でも発送日でもなく到達日が基準ですので、配達証明付きの内容証明郵便であれば、
文面、発送日、到達日の3点が証拠として残ります。
債権の存在を認めたことにならないよう、仮定形で書かれているかを確認してください。
債権の存在自体を争うものであるが、仮に存在するとしても、
既に消滅時効が完成しているので本書面をもって援用する
この一文の有無で、通知書自体が債務の承認の証拠に転じるリスクが大きく変わります。
長年返済できず申し訳ない、一部なら支払える、といった記載があると、承認と評価されるおそれがあります。
| 根拠 | 期限 | 使えるか |
|---|---|---|
| 国税通則法23条1項 | 法定申告期限から5年 | 相続開始時点で既に時効が完成しており当初申告の評価が過大であった、という構成 |
| 国税通則法23条2項1号 | 判決確定の日の翌日から2か月 | 裁判上の援用がされた場合。ただし5年が生きている間は2項を使えません(同項柱書の括弧書) |
| 同法施行令6条1項2号 | 事由が生じた日の翌日から2か月 | 裁判外の援用について類推する議論がありますが、同号は契約が解除されたことを要件としており、確立した取扱いではありません |
| 相続税法32条1項 | 知った日の翌日から4か月 | 未分割財産が分割された場合などに対応するもので、分割が確定しただけでは評価額は変わらないため、評価の争点には使えません |
調査官が相続財産としての全額計上を求めるのであれば、
相続開始後の援用によって債権が遡って消滅した以上、
後発的事由による更正の請求の道が開かれることをセットで認めなければ整合しません。