長年、督促も返済もないまま放置されていた貸付金。
時効期間はとうに過ぎている、と考えて申告から外したところ、
調査で「相続開始時に債権は存在していた」と指摘される。
結論を分ける鍵は、時効は期間の経過だけでは完成しないという民法の構造にあります。
援用の手続、遡及効で争えるか、そして「実質は贈与だった」という別の道筋まで整理します。
一般化したモデルケースとして整理しています。
直感的には「時効で消えた債権に相続税がかかるのはおかしい」と感じる場面です。
ところが民法の構造上、この直感はそのままでは通りません。
時効期間が過ぎただけでは債権は消えません。援用があって初めて確定的に消えます。相続開始時に援用がなければ、債権はまだ存在していたことになります。
存否では押し切られやすい一方、相続したのは「いつでも消される債権」です。額面どおりの価値はないという主張は、時価の土俵で組み立てられます。
そもそも時効が完成していたのか。債務者側の帳簿に借入金が載り続けていれば、それが承認と評価され、時効は更新されていたと判断されます。
民法は、時効は当事者が援用しなければ裁判所がこれによって裁判をすることができない、と定めています。
そして最高裁は、時効による債権消滅の効果は時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、
時効が援用されたときに初めて確定的に生ずる、と判断しています。
時効期間の経過=援用できる権利が生まれただけ。
債権が消えるのは、その権利が行使されたときです。
援用しないまま任意に返済してもらうことも、法律上は可能なままです。
したがって、相続開始の時点では「援用されるかもしれない債権」が財産として存在していた、という整理になります。
「長年、督促も返済もなかった」という事実は、納税者に有利には働きません。
裁判所や審判所は、むしろ次のように読んでいます。
請求していないから回収できない、ではなく、
請求されないから債務者は潰れない、という向きで評価されるということです。
長期間の放置を回収不能の根拠として前面に出すと、かえって不利な材料を自ら差し出すことになります。
時効を援用できるのは債務者の側です。
債権者やその相続人には援用権がありません。
| 行った行為 | 法的な評価 | 課税上の帰結 |
|---|---|---|
| 債務者が「時効を援用する」と通知した | 時効の援用 | 債権者による免除ではないため、株主へのみなし贈与という構成は取りにくい。債務者側には債務消滅益が生じる |
| 相続人が「時効なので請求しない」と伝えた | 債務免除と評価されうる | 債権は額面で相続財産に計上されたうえで処分したことになる。債務者が同族法人なら、株式の価額増加分について他の株主へのみなし贈与の問題が生じる |
「債権を放棄する」「請求しない」という言い方で処理すると、
自ら債務免除の土俵に乗ってしまいます。
債務者の側から、時効を援用する旨の意思表示を出してもらうことが決定的に重要です。
内容証明郵便で到達日を残しておくのが安全です。
時効が完成した後に債務者が債務を承認すると、
債権者は「もう時効は援用されない」と期待するのが当然であるから、
信義則上、その債務者はもはや時効を援用できない、というのが判例です。
調査対応をしている最中に、債務者側で通常どおり決算を組み、
借入金を計上してしまう。
これだけで援用権を失います。
援用による解決を目指すのであれば、真っ先に止める必要があります。
回収不能を理由とする減額規定(財産評価基本通達205)に一本化するのは、
債務者が法人である場合、公表事例を見る限り最も勝率の低い戦い方です。
この規定を使うのであれば、時効の話ではなく、
事業の廃止や6か月以上の休業といった形式基準に乗せられないかを検討する方が現実的です。
長年返済できず申し訳ない。一部なら支払える。分割でなら応じられる。猶予してほしい。
いずれも債務を認めた(承認した)と評価され、その時点で援用ができなくなります。
債務者が法人の場合は、代表者名義で行います。
決議は法律上必要とされていませんが、取締役会や株主総会の議事録を残しておくと、いつ誰の判断で援用したのかを示す資料になります。
会社が既に清算結了していても、清算の目的の範囲内では存続しているものとみなされるため、相手方が存在しないということにはなりません。
時効の効力は起算日にさかのぼります。
ならば援用があった以上、相続開始の時点にさかのぼって債権は存在しなかったことになるのではないか。
自然な発想ですが、この主張は正面からは通りにくいのが実情です。
「相続による遺産の取得という経済実態に対する課税場面である本件に民法第144条の規定は適用されず、
課税上、所有権の時効取得の効果は遡及しないというべきである」
と述べた裁決があります。
同趣旨の裁判例も複数あり、「まだ答えが出ていない」のではなく「否定した例がある」という状況です。
同じ裁決は、遡及効を否定しながら、結論として評価額を零円としました。
相続開始時に既に時効期間が経過していて、相続人には権利を守る手段がない。
そういう状態の財産を確保しようとすれば、援用する側に時価相当額を払うほかない。
だから財産の価額と払うべき金額が同額になり、結局ゼロになる、という論理です。
貸付金の方が、この理屈は強く働きます。
不動産であれば、時効完成後に譲り受けた人が対抗要件を備えて所有権を確保できる余地があります。
ところが債権では、譲り受けた人も債務者から時効の抗弁を受けます。
誰に売っても価値がない、という点で逃げ道がありません。
債務の側では、相続開始時に既に消滅時効が完成した債務は「確実と認められる債務」に当たらないとして、
債務控除が認められない取扱いになっています。
ただしこれは、控除できる債務は確実なものに限る、という条文上の要件があるためです。
「債務側で消えるなら債権側でも消えるはずだ」とは言えませんが、
「債務側で時効の完成を不確実と見るなら、債権側でも回収の困難さとして評価に反映するのが平仄に合う」という主張には使えます。
契約書もなく、返済期限も定めず、利息もなく、督促もしない。
いわゆる「ある時払いの催促なし」の状態であれば、そもそも貸付けではなく、渡した時点での贈与だったのではないか。
これは時効とは別軸の構成です。
| 時効の構成 | 贈与の構成 | |
|---|---|---|
| 債権は | 発生したが、消滅した | そもそも発生していない |
| 立証の負担 | 相手の事実関係を受け入れたうえで法的評価を争う | 贈与という別の事実を、自ら主張・立証する |
| 失敗したとき | 貸付金として課税される | 贈与時期が近いと認定されると、贈与税と附帯税が上乗せされる |
両者は論理的に両立しません。
債権が発生していないという主張と、発生したが消滅したという主張は、同時には成り立たないためです。
主位的主張と予備的主張という関係でのみ併用できます。
「昔の贈与だった」と述べれば、次に来るのは「では何年の贈与か」という問いです。
贈与税の除斥期間は原則6年(申告期限からの起算なので、贈与の日からはおよそ7年3か月)。
その内側と認定されると、贈与税の本税に加えて無申告加算税、さらに延滞税がかかります。
贈与税を全く申告していない状態では、延滞税の計算期間を短縮する特例も使えず、法定納期限から完納日まで全期間に課されます。
貸付金が相続財産から消えると、法人側では負債が減ります。
その分だけ純資産が増え、株式の評価額が上がります。
貸付金を消しても株式評価が上がるだけで、相続税の総額がほとんど変わらない、あるいは増えることもあります。
主張を組み立てる前に、貸付金あり・なしの両方で株式評価を計算して比べてください。
債務者が個人であれば、株式評価への跳ね返りがないため、成功したときの効果は大きくなります。
ただし、贈与の時期を「いつ意思表示があったか」で特定するのは困難です。
実際の事例では、通帳や印鑑の管理が移った時期、資金が受贈者自身の目的に使われた時期、受贈者が自分でその所得を申告し始めた時期といった、
支配が移った外形から時期が認定されています。
条文の文言、判例・裁決の判示、更正の請求の条文選択まで確認する場合はこちら。
債権は、権利を行使することができることを知った時から5年間、
または権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅します(民法166条1項)。
ただしこれは改正後の規定です。
債権法改正(平成29年法律第44号)は令和2年4月1日施行で、
施行日前に生じた債権の消滅時効の期間については従前の例によるとされています(同法附則10条4項)。
10年以上前からの貸付けであれば、改正前民法167条1項の10年が適用されます。
債務者が会社である場合、会社の行為は商行為とされ(会社法5条)、
当事者の一方のために商行為となる行為については双方に商法が適用されます(商法3条1項)。
そうすると改正前商法522条の5年が適用される余地があり、時効の完成時期が5年早まります。
同条は債権法改正に伴う整備法(平成29年法律第45号)により削除されています。
返済期限の定めがない貸付けの場合、貸主は相当の期間を定めて返還の催告をすることができるとされており(民法591条1項)、
起算点は貸付時から相当期間を経過した時と解されています。
最後の取引から10年、最後の請求から10年ではありません。
貸付けの時期が特定できなければ起算点が立たず、
時効の完成を主張する側が立証責任を負います。
時効による債権消滅の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、
時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当であり
いわゆる停止条件説で、判例・通説の立場です。
この立場を前提にすると、相続開始時点では時効期間が経過していただけで、
債権はなお存在していたことになります。
援用するかどうかは援用権者の自由であり、民法は援用されないことも予定しているためです。
相続開始前に時効が完成し、相続開始後に援用がされたという事実関係を扱った公表事例として、
国税不服審判所平成14年4月10日裁決(裁決事例集No.63・495頁)があります。
合資会社に対する未収入金と貸付金について、
相続人が遺産分割調停の中で「消滅時効の完成により消滅しており請求権が存在しないことを相互に確認する」旨の条項を設け、
債務者である会社の代表社員が調停の中で時効を援用したという事案です。
審判所は、遡及効の当否には踏み込まず、そもそも時効が完成していなかったという事実認定でこれを退けました。
被相続人とEとの間では毎期、決算書類の作成によって本件債権の存在が相互に確認され、
これによりEは自己の債務を承認する事実行為を行ったものと認めるのが相当である
決め手とされたのは、会社が毎期継続して法人税確定申告書添付の勘定科目内訳明細書に債権を明記していたこと、
被相続人が代表社員・業務執行社員として決算書類の作成に関与し内容を承知し得る地位にあったこと、
社員が全て親族で構成されていたことです。
調停条項についても、当事者は自由意思により真実の権利関係とは異なる権利関係を定めることができるとして、
これをもって相続開始時に債権が存在しないと認めることはできないとしています。
この認定は、被相続人が決算書類の内容を承知し得る地位にあったことを前提としています。
承認は債権者に対する観念の通知である以上、
被相続人が経営から離れていた場合には、同じ結論にはならない余地があります。
遡及効が相続税の課税物件の存否に及ぶかという法律論そのものについて、
正面から判断した確定判例は見当たりません。
税務大学校論叢41号も、相続開始前に時効期間が完成している場合には既存の裁判例をそのまま引用できない、と明記しています。
近い判示として、大阪地裁平成27年3月13日判決(税務訴訟資料265号-43・順号12626)および
大阪高裁平成27年11月27日判決(同265号-179・順号12762)があります。
その後の時効完成、援用によって本件貸付金が後発的・遡及的に消滅したとしても、
これによって、本件相続の開始時に帰属していたことが否定されるものではなく
ただしこの事案は、相続開始時点でまだ時効が完成していなかったものです。
相続開始前に完成していたケースとは前提が異なります。
取得時効の事案ですが、大阪高裁平成14年7月25日判決(判例タイムズ1106号97頁)は、
時効制度は私法上その効力を起算日まで遡及させたものであって、
租税法において同様に解さなければならない必然性があるとはいえない、と述べています。
貸付金債権等の元本の価額は、返済されるべき金額によって評価します(財産評価基本通達204)。
その債権金額の全部または一部が、課税時期において一定の事由に該当するとき、
その他その回収が不可能または著しく困難であると見込まれるときは、それらの金額を元本の価額に算入しません(同205)。
列挙されている事由は、手形交換所における取引停止処分、会社更生手続開始の決定、民事再生手続開始の決定、
会社法の特別清算開始の命令、破産手続開始の決定、
業況不振等による事業の廃止または6か月以上の休業です。
質権および抵当権によって担保されている部分の金額は除かれます。
評価通達205にいう「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、
評価通達205(1)ないし(3)の事由と同程度に、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白であり、
そのため、債権の回収の見込みがないか、又は著しく困難であると確実に認められるときをいう
東京地裁令和5年8月31日判決(税務訴訟資料273号順号13878)は、
負債の約98.9パーセントが代表者と親族からの期限の定めのない無利息借入れで、
相続開始後に一部返済のうえ残額の債務免除を受けて清算結了までしている事案でしたが、
それでも減額を否定しました。
返済完了まで172年かかるという納税者の試算も排斥されています。
| 裁決 | 債務者 | 結論 |
|---|---|---|
| 平成14年11月28日裁決 (裁決事例集No.64・469頁) |
個人(公務員) | 返済完了まで55年、定年まで14年しかないことなどから、正味財産の価額を限度として、これを上回る債務超過相当額の減額を認容 |
| 平成24年9月13日裁決 | 個人 | 著しい債務超過にあり返済資金の調達が極めて困難として、評価額を零円と認定 |
| 神戸地裁平成22年9月14日判決 (税務訴訟資料260号-152) |
法人 | 否定 |
| 東京地裁平成30年3月27日判決 (税務訴訟資料268号-31) |
法人 | 否定 |
| 東京地裁令和5年8月31日判決 (税務訴訟資料273号順号13878) |
法人 | 否定 |
債務者が個人か法人かで、見通しが大きく変わります。
財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によります(相続税法22条)。
そして財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮するとされています(財産評価基本通達1(3))。
税務大学校論叢41号は、相続開始前の時効完成は権利の得喪を生じさせないものの、
援用権の成立として捉えられることから、相続財産は援用権の付着した財産となり、
課税価格の計算上、援用権の付着という内在的瑕疵が時価の上で考慮されるべきものとなる、と整理しています。
極論としては、相続開始の日に援用がされたような場合には、
当該財産はゼロ評価になることも想定されてよいと思われる
執筆者は当時の国税不服審判所部長審判官であり、論文には私見である旨の断り書きがあります。
確立した解釈ではありませんが、課税庁側の研究誌に由来する整理という点に意味があります。
援用権が付着した債権を、第三者が額面で買い取ることは通常考えられません。
客観的交換価値が額面を下回っていることは、説明しやすい論点です。
| 状況 | 条文 | 期限 |
|---|---|---|
| 法定申告期限から5年以内 | 国税通則法23条1項 | 法定申告期限から5年 |
| 5年経過後に裁判上の援用があり、判決等が確定した | 国税通則法23条2項1号 | 確定した日の翌日から2か月 |
| 裁判外の援用(類推による議論) | 国税通則法施行令6条1項2号 | 理由が生じた日の翌日から2か月 |
| 権利の帰属に関する訴えの判決 | 相続税法32条1項6号・同施行令8条2項1号 | 知った日の翌日から4か月 |
国税通則法23条2項柱書には、申告書を提出した者については、
各号に定める期間の満了する日が23条1項の期間の満了する日後に到来する場合に限る、という括弧書があります。
5年が生きている間は、2項を使えません。
裁判外の援用について施行令6条1項2号を使う整理は、税務大学校論叢41号が示すものですが、
同号は文言上「契約が」解除されたことを要件としており、
時効の援用によって消費貸借契約そのものが解除されるわけではありません。
類推による議論であり、確立した取扱いではありません。
相続税法施行令8条2項1号も、権利の「帰属」に関する訴えを対象としており、
存否が問題となる時効消滅にそのまま当てはまるとは限りません。
援用ができるのは債務者側であり、債権者である相続人には援用権がありません(民法145条)。
相続人の側が「時効だから請求しない」と伝えただけであれば、
それは援用ではなく債務免除(民法519条)と評価される可能性があります。
債務免除と構成された場合、債権は額面で相続財産に計上されたうえ、相続人がこれを処分したという整理になります。
債務者が法人であれば債務免除益が生じ、その法人が同族会社であれば、
対価を受けないで会社の債務の免除があった場合に該当し、
株式または出資の価額の増加部分について他の株主に対するみなし贈与の問題が生じます
(相続税法9条、相続税法基本通達9-2(3))。
ただし、会社が資力を喪失した場合における私財提供等については、
会社の債務超過額に相当する部分はみなし贈与として取り扱わないとされています(相続税法基本通達9-3)。
もっともここでいう資力を喪失した場合とは、法定手続による整理のほか、
株主総会の決議や債権者集会の協議等により再建整備のために負債整理に入ったような場合をいい、
単に一時的に債務超過となっている場合は該当しないとされています。
債務者である法人自身が時効を援用した場合は、債権者による債務の免除ではありませんので、
相続税法基本通達9-2(3)の土俵には乗りません。
法人側には時効による債務消滅益が生じますが、株主へのみなし贈与という構成は取りにくくなります。
時効完成後に債務者が債務の承認をした場合には、
債権者において債務者はもはや時効を援用しないとの期待を抱くのが当然であるから、
信義則上、その債務者は時効を援用することができない
減額して申告する場合、過少申告加算税のリスクがあります。
東京地裁令和5年8月31日判決は、回収不能等の要件を満たすとする納税者の解釈について
独自のものといわざるを得ないとして、正当な理由(国税通則法65条4項1号)を否定しています。
援用ができるのは債務者側です(民法145条)。
相手方は債権者、つまり相続人になります。
貸付金債権は可分債権として、相続開始と同時に法律上当然に分割され、
各相続人が相続分に応じて権利を承継すると解されています
(最高裁昭和29年4月8日判決・民集8巻4号819頁)。
なお預貯金債権については、最高裁平成28年12月19日大法廷決定(民集70巻8号2121頁)により遺産分割の対象とされ、
当然分割の扱いから外れていますが、貸付金債権は当然分割のままです。
援用の効果は、援用した者と相手方との間でのみ生じます。
相続人が複数いる場合、通知していない相続人の持分部分については、時効消滅を主張できません。
全員分の配達証明が揃って、初めて援用が完成します。
遺産分割が済んでいる場合、法定相続分を超える部分については、
承継した相続人が遺言または遺産分割の内容を明らかにして債務者へ通知しなければ、債務者に対抗できません(民法899条の2第1項・2項)。
法定相続分の範囲では対抗要件は不要ですので、実務上は法定相続人および包括受遺者の全員へ個別に送るのが確実です。
援用の方式に決まりはなく、口頭でも成立します。
ただし課税上は、援用があったこと、いつ到達したかを証明できなければ意味を持ちません。
意思表示は相手方に到達した時から効力を生じます(民法97条1項)。
作成日でも発送日でもなく到達日が基準です。
| 状況 | 扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 通常の到達 | 到達時に効力発生 | 民法97条1項 |
| 受取拒否 | 通常到達すべきであった時に到達したものとみなす | 民法97条2項 |
| 留置期間経過による返戻 | 受取人が内容を推知でき、さしたる労力・困難を伴わずに受領できた事情の下では、留置期間満了時に到達 | 最高裁平成10年6月11日判決・民集52巻4号1034頁 |
| 行方不明 | 公示による意思表示。最後の住所地の簡易裁判所へ申立て。官報掲載等から2週間で到達擬制。ただし所在を知らないことに過失があれば効力を生じない | 民法98条 |
当社は、上記債権の存在自体を争うものでありますが、仮に上記債権が存在するとしても、
下記のとおり既に消滅時効が完成しておりますので、本書面をもってこれを援用いたします。
この一文の有無で、通知書そのものが債務の承認の証拠に転じるリスクが大きく変わります。
代表者名義で行います。
時効の援用に決議は法律上要求されていませんが、取締役会(設置していなければ株主総会)の決議を経て議事録を残すことを勧めます。
いつ、誰の判断で、どういう理由で援用したのかを裏づける同時期の資料になり、後から作ったのではないかという疑いを避けられます。
債権者である相続人が当該法人の役員を兼ねている場合は、その者を決議から除外し、
別の取締役が会社を代表して意思表示を行う形にしておくと、利益相反の議論を避けられます。
法人が既に清算結了していても、清算株式会社は清算の目的の範囲内において、
清算が結了するまではなお存続するものとみなされます(会社法476条)。
清算人がいなければ、裁判所に清算人の選任を申し立てます(会社法478条2項)。
法人側では、時効による債務消滅益が生じます(法人税法22条2項)。
勘定科目は債務免除益ではなく債務消滅益とし、摘要に消滅時効の援用による旨を記載します。
免除と時効では法律構成が異なるためです。
債務者が既に死亡していれば、その相続人全員が援用権者になります。
相続放棄をした者は債務を承継していませんので援用権者ではなく、次順位の相続人が債務者となります。
債務者が相続人自身である場合は、自己の相続分に対応する部分について債権と債務が同一人に帰属し、
混同により消滅します(民法520条)。
その部分は時効の援用の対象ではありませんので、混同部分と援用部分は分けて整理します。
相続税の課税物件は、相続または遺贈により取得した財産です(相続税法2条1項)。
相続税法22条は、取得した財産の価額をどう評価するかを定めた規定であり、
何が取得した財産に当たるかを定めた規定ではありません。
相続、遺贈、取得はいずれも相続税法に定義がなく、私法上の意義に従って解すべき借用概念であるという整理が成り立ちます
(最高裁昭和35年10月7日判決・民集14巻12号2420頁、最高裁平成23年2月18日判決)。
停止条件説は効果が発生する時期についての説であって、いったん生じた効果が遡ることを否定するものではありません。
援用があった以上、民法144条により効果は起算日に遡り、
相続人は相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(民法896条)という規定に照らせば、
そもそも承継していなかったことになる、という組み立てです。
補強材料として、最高裁平成22年10月15日判決(民集64巻7号1764頁)があります。
所得税の更正処分の取消訴訟を係属させたまま被相続人が死亡し、相続人が承継して取消判決が確定した事案で、
処分は処分時にさかのぼって効力を失うから還付請求権は納付の時点で既に発生していたことになるとし、
当該還付請求権は被相続人の相続財産を構成し相続税の課税財産となる、と判断しています。
相続による遺産の取得という経済実態に対する課税場面である本件に民法第144条の規定は適用されず、
課税上、所有権の時効取得の効果は遡及しないというべきである
さらに、最高裁平成22年10月15日判決の事案では、上告人の側が
「相続財産の範囲は相続開始の時点において画される」「相続税法22条は相続開始の時点で財産評価することを求めている」と主張しており、
この主張は排斥されています。
つまり同旨の組み立てが、最高裁で通らなかったという経緯があります。
遡及効による相続財産性の否定は、勝算が低いというより、正面から否定した公表事例があるというのが正確なところです。
上記の平成19年11月1日裁決は、遡及効は否定しながら、結論として評価額を零円としました。
本件土地については、相続開始時において既に時効期間が経過しており、
相続人にとっては、所有権を確保すべき攻撃防御方法がないために、
相手方に時効を援用されれば所有権の喪失を甘受せざるを得ない状態の土地であること……
このような状態の土地は、相続人が所有権を確保しようとすれば、時効を援用する相手方に対し、
課税時期現在における当該土地の客観的交換価値に相当する金員の提供を要するのが一般的である土地ということができるから、
そのことを価額に影響を与える要因として考慮すると、土地の価額と提供を要する金額が同額であるから、
結局のところ、その財産の価額は零円になると理解するのが相当と認められる
根拠は相続税法22条の時価と、財産の評価に当たってはその財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮するという原則(財産評価基本通達1(3))です。
不動産の取得時効であれば、時効完成後・援用前に譲渡された場合、
譲受人は対抗要件を備えることで完全な所有権を取得しうる余地があります。
これに対し金銭債権では、債務者は対抗要件具備時までに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗できますので(民法468条1項)、
誰に譲渡しても譲受人は時効の抗弁を受けます。
対抗要件による救済の余地がない分、客観的交換価値が失われていることを説明しやすくなります。
相続の開始の時において、既に消滅時効の完成した債務は、
法第14条第1項に規定する確実と認められる債務に該当しないものとして取り扱うものとする
債務側では、援用の有無に触れることなく、時効期間の経過のみで債務控除を否定しています。
ただし、これをもって「債権側でも同じく消えるはずだ」とは言えません。
債務については、控除すべき債務は確実と認められるものに限る、という明文の要件が置かれているためです(相続税法14条1項)。
債権側にはこれに対応する規定がなく、代わりに相続税法22条と財産評価基本通達205があります。
使い方としては、存否の議論ではなく評価の議論に持ち込むのが正しい形になります。
債務側で時効期間の経過を確実性の欠如と見るのであれば、債権側でも回収の困難さとして評価に反映させるのが平仄に合う、という主張です。
原告による本件不動産の時効取得が本件課税処分の取消事由となりうるのは、
原告が同処分迄に時効援用の意思表示をした場合に限られる
処分時説を採った判決ですが、反対に読めば、処分の前に援用が済んでいれば取消事由となりうる、ということになります。
更正処分がこれからという段階で援用が済んでいる場合、この点は有利に働く可能性があります。
債務者が同族法人である場合、相続開始時点で援用がない以上、
法人側の帳簿では借入金が負債として残っており、株式の純資産価額はその分低く算定されています。
その状態で債権だけをゼロ評価すると、同じ債権債務を債権者側と債務者側で別に扱うことになり、反論材料になります。
株式評価と貸付金評価をあわせて整理しておく必要があります。
実質的に贈与であるにもかかわらず形式上貸借としている場合や
「ある時払いの催促なし」または「出世払い」というような貸借の場合には、
借入金そのものが贈与として取り扱われます
これに対し、相続税法基本通達9-10(無利子の金銭貸与等)が法的効果を定めているのは
利子相当額の利益についてであり、元本そのものではありません。
同通達の前段は、事実上贈与であるのに貸与の形式をとったものであるかどうかについて念査を要する、という認定上の指示にとどまります。
つまり元本ごと贈与とする根拠は、法令でも法令解釈通達でもなく、国税庁の解説であるタックスアンサーに限られます。
加えて、民法上は出世払いは贈与ではなく不確定期限付きの債務と解されており、私法上は債権が存続します。
タックスアンサーの記述は、課税庁が贈与として課税する場面の取扱いを述べたものであって、
納税者が「だから相続財産ではない」と援用する場面を想定したものではありません。
主張の向きが逆である点は押さえておく必要があります。
贈与が成立していれば所有権は贈与時に受贈者へ移転しており、
相続開始時に被相続人に帰属していた財産ではありませんので、相続財産には含まれません。
参考になるのが平成30年8月22日裁決です。
被相続人が相続人名義の口座へ入金した資金について、原処分庁が預け金返還請求権があるとして相続財産に加算した事案で、
審判所は資金の原資が被相続人に帰属していたことは認めつつ、
化体財産は贈与により移転していたと認定し、預け金返還請求権は存在はおろか発生していたとすらいえない、として処分を取り消しました。
この裁決で納税者が主張した「幼少の頃から一貫して贈与を受けた」という点は、
これを裏付ける的確な証拠はないとして排斥されています。
贈与の認定は、審判所が別の時期・別の対象について職権で行ったものです。
納税者の贈与主張がそのまま採用された事例ではありません。
贈与時期の認定を支えたのは、被相続人が毎年作成していた財産の記録に当該債権の記載がなかったこと、
通帳と届出印を受贈者が管理するようになったこと、
受贈者が配当所得を自ら確定申告していたこと、資金が受贈者の自宅建築に充てられたことなどです。
いつ意思表示があったかではなく、いつ支配が移ったかで時期を特定するというアプローチが参考になります。
| 項目 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 原則 | 6年 | 相続税法37条1項 |
| 偽りその他不正の行為があるとき | 7年 | 相続税法37条4項 |
| 起算点 | 贈与税の申告書の提出期限(贈与年の翌年3月15日)。贈与の日からはおよそ7年3か月 | 同上 |
令和5年法律第3号による改正前は36条であり、令和5年4月1日から37条へ繰り下げられています。
それ以前の解説記事はすべて旧36条を引いていますので、混同しないようにしてください。
| 相続開始日 | 加算対象期間 |
|---|---|
| 令和8年12月31日まで | 相続開始前3年以内 |
| 令和9年1月1日から令和12年12月31日まで | 令和6年1月1日から死亡の日まで |
| 令和13年1月1日以後 | 相続開始前7年以内 |
延長された4年分については、その価額の合計額から100万円を控除します(相続税法19条1項)。
十数年前の贈与であれば、どの区分に立っても加算対象期間の外になります。
なお、贈与税の除斥期間が経過していれば相続税でも一切拾われない、というのは誤りです。
加算対象期間内であれば、除斥期間が経過した贈与でも課税価格には加算され、贈与税額控除だけが受けられません(相続税法基本通達19-6)。
贈与時期の認定が数年動くだけで結論が変わりますので、時期の特定は慎重に行う必要があります。
また、相続時精算課税を選択していた場合は期間制限なく加算されますので、この構成には意味がありません。
貸付金が相続財産から消えると、法人側では負債が減ることになり、純資産価額が増加します。
その結果、被相続人が保有する株式の評価額が上がります(財産評価基本通達185)。
評価差額に対する法人税額等に相当する金額の控除はありますが(同186-2)、
その控除率は令和8年4月1日以後に取得した株式については38パーセント、それ以前は37パーセントです。
貸付金を額面で相続財産に計上した場合と、貸付金を消して株式評価を上げた場合とで、
相続税の総額がどれだけ変わるのかを計算してみないと、この構成に実益があるかどうか分かりません。
被相続人の持分割合が高い会社では、差がほとんど出ない、あるいは不利になることもあり得ます。
類似業種比準価額を併用できる会社では、比準要素への影響もあり、結果はさらに読みにくくなります。
加えて、会社に対して無償で財産の提供があった場合には、
他の株主が株式の価額の増加部分を贈与により取得したものとして取り扱われます(相続税法基本通達9-2(1))。
贈与の時期は財産の提供があった時ですので、十数年前であれば贈与税の除斥期間は経過していますが、
そのような整理を自ら持ち出すことになります。
なお時効による債務消滅は、文言上は9-2が挙げる財産の提供にも債務の免除にも当たりません。
援用は債務者の一方的な意思表示であって、債権者による無償の利益供与ではないためです。
ただし実質的に債務免除と同視されるリスクは残ります。
時効の主張は、相手の主張する事実関係をいったん受け入れたうえで法的評価を争う構成です。
これに対し贈与の主張は、贈与という別個の事実を積極的に主張するものであり、立証責任を事実上こちら側が引き受けることになります。
より立証の難しい方から始めるのは得策ではありません。
なお、調査の現場で「主位的には」「予備的には」と述べても、一貫性のない説明と受け取られます。
主位と予備の構成が機能するのは、審査請求や訴訟の書面です。